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07

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コメント

自分は酒を飲まずとも酔える

うう・・・・・自分で自分を保つのは難しい・・・・・・・!!


己の在りか

「私は私です。」日常生活の中でそんなことを考えることはあまりありませんよね。なぜなら、私が私であるなんてことは考えずともあたりまえなことです。しかし、ほんとにそうなのか?・・・・・・・・・この記事を読まれている方々の中には自分がどこにいるのか、そんなことを考えたことのある方はいらっしゃいませんか?かくいう私は、それをよく考えることがあります。私は人に言われることはないですが、場合によって、まったく様子の変わる人間です。具体的にはある時は寡黙で無愛想、しかしある時は明るく・・・・時に真面目一徹時にだらしなく・・・・それは相手その場の環境によって変わるのですが、私の場合それが極端ですので、自分というものを見失いそうになります。私は見事に人によってイメージがまったく違う人間だと思いますし、そう思われているようです。それはその人とかかわる私自身も感じることです。ああ、この人たちの前では自分Aだこの人の時はBだと・・・しかしそれは人によって態度を変えているというレベルの物ではありません、もはや人格、思考の変化といっても差し支えないもので本当に自分が何人もいるような気分になります。皆さんは自分というものをひとつの人格として日々その一つの自分で生活しているのでしょうか?私は少なくとも三つは自分があります。それ故にある自己の時の行動を冷静になって考えてみれば行き過ぎたことをしたなぁ・・・・と後悔することがあります。

陽気な性格Bの時
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私は自分がこの人とは話せる!!とある種(本当に開いているわけではないですが)心を開いた相手だと、いろいろ会話をするのですが、その時の自分というのは本当に軽く酔っ払ったような自分の時でして、冷静な時の自分なら話さないようなこともいろいろ突っ込んで話したり、行動をとったりしてしまいます。自己分析してみますと私は寡黙で暗い性格である人格Cであることが多いのですが、その反動で少し話せる相手の前となると、過度に陽気になったりするのかもしれません・・・・・陽気で明るい性格Bいいじゃないか。と思われる方も多いかと思いますが。その性格も私自身なのですが少なくともそれが本来の自分であるか?といわれるとそうではありません。きっと、・・・いや事実性格Bで居続ければ心が疲弊してしまいます。性格Bも私そのものなのですが、それは、どことなく演じた自分で(演じている意識は全くありませんが)ある気がします。

性格Cの時

少し話したように私は暗く寡黙で・・・ある種人格の破たんしたようなこの性格Cであることが多いです。この時の自分は本当に何も無関心で虚無感にあふれています。悲しい性格ですが私はこの時の自分と付き合いが長いです。この性格は初対面の人間やプライベート外でかつあまり心を開いていない相手の前で現れ、思うにあきらめや失望あらゆる負の感情が)にじみ出ていると思います。しかし、これは防御の性格であらゆることに無関心になる代わりにあらゆる苦しみにも無関心になれます。なんだか悲しくはありますが私はこの性格で心の崩壊を防いでいます。なんで、こんな性格が生まれ出たか?それはひとえに今まで生きてきた経験によるものだと思います。私はその経験の結果として人間というものを心から信じることができていません、別に人間が嫌いだ!などということではありませんしかし、心のどこかに人を疑い続けている「自分」がいるんです。それ故に私は人と深く関わろうとしてもできませんしそもそも、心が開けませんそんな人間が世間からどう見られるか・・・・変人は常に奇異の対象ですし、気も弱いので。意見の主張もできません。根暗のレッテルですね。。。。汗こうなると(まあ私が悪いのですが)いろいろ馬鹿にされたり心労もおおく・・・・性格Cは私の防御壁なのだと思います。
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本当の私「性格A」

誰にも気を使わず本当の自分といえる「性格A」(便宜上ではありますが)はひとりの時や完全に心を開いた相手にのみ表見する性格です。自己中心的で楽観的な性格ではありますが、これこそ本当の私だと自分の中でも思っています。しかし、この性格は主人格であるにもかかわらず私の場合性格Bや性格Cに抑圧されています。本当の自分である時間がどうしても短いんです。なぜなら、人間は普通他者と関わって生活しますのでどうしても基本は性格CやBの自分でいる時間が長いからです。そんな生活をしていると本当にどの自分が本当の自分なのか?わからなくなってきます。暗い自分が本物か陽気な自分が本物か?主人格は本当に主人格なのか???多くの人々は自分の性格は一つだと思います。しかし私の場合は日々を一貫した性格で過ごすことができていません。それ故に思うのです。私の本当の心(性格)の在りかはどこなのだろうと

ヤンデレ全然語ってない・・・・・うむぅq(`∀´;q)
ただ、ヤンデレ以外のことで記事を書きたくなる・・・!そんなこともあります。私思うのですが一人称と口調変えるだけで文面ではかなり性格変わりますよね。ってかもう長文書くのつかれたわ・・・まあ俺もいろいろあるから暗い感じの記事が多くなるんよ・・・・・・・・・・
みたいな感じで「です。ます。」口調を無くすだけでも全然違います。次は一人称変えて、もっとエキセントリックな記事書こうかな・・・
ヾ(・д・。)
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ShinGR

私は宗教の問題で酒を飲めないのですが、酔っている人は無防備に心境を他人に晒すので弱みを握るのに酒はとても便利だと思う。

酒を飲んでいない状態の歌麿さんは暗く、あまり親しくない相手に心を開かない性格のようですね。
親しくない人間に心を開く、つまりあまり面識のない人間を無条件で信頼することは相手を侮辱することと同じことです。

酒の席で内面を晒してしまうのはしょうがないけど、出会ってすぐに心を開く人というのは騙される人間。人間は生まれながら他人に警戒心を持っているはずです。肉親ならともかく、面識のない人から避けて自らの殻にこもるのはおかしくないことです。


私は仲の良い人間(家族、親友など)でさえ心から信頼していないので大事なことは全て自分の胸にしまっています。例えば私はいくつもブログやサイトをやっていまして、ShinGRという名義とは別の名前でやっているものもあります。
「ShinGR」というのは私なのですが、ニックネームの中にも人格みたいなのが生まれてしまい、口調や文体が違った記事を書くときは国籍や性別を変えたブログの方でしています。

なんだかんだで少し私について考えさせられてしまいました。おかげで視界が広がったような気がします

07

14

14:54

歌麿



ShinGRさんこんばんは!

う~んそうなんです。私本当に暗~い人間でして通常は・・・因みにこういうブログ上では性格B寄りになっていると思います。しかし、どちらかというとA性格の部分も出ているので気楽ではあります。顔が見えないからでしょうか

他者を信頼できないのはやはり、人間的には疲れる部分があるのですが私は警戒心が非常に強いようです。やはり、人間心に誰にも見せることのない部分は持っていますよね・・・・まあ私の場合は本当に友達が一人もいないので見せる相手もいないのですが・・・・・・・

私は人が信頼できないといいながら「誰かを掛け値なしに信頼したい」と思う心がどうもあるようなんですよねそれ故にすぐ誰かに騙されそうで・・・それが怖くてまた、人が信じられなく不思議なスパイラルです。

しかし、少しなりともShinGRさんとここで会話ができて心は軽くなります。人とかかわるのを行動では避けながら心では望んでいるのでしょうね・・・・暗い話になってすみません汗

次は明るくいきたいです\(^ω^)/


07

14

20:20

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歌麿

Author:歌麿
どもども!皆様ほのぼのやってますか?
ふざけた記事や私の願望など面白おかしく趣味全開でやっていきます(笑

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